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世界の金に関する歴史的に有名なエピソード

古くから富の象徴であったゴールドは世界の王族や国の指導者と関わりを持ち続けていました。 現代になっても古(いにしえ)へのロマンもあり埋蔵金や古代の装飾品への興味は尽きないようです。 ツタンカーメンの墓から発掘されたゴールドや徳川家康・豊臣秀吉の埋蔵金さらに日本がヨーロッパで黄金の国ジパングと呼ばれた理由をご紹介していきたいと思います。

ツタンカーメンの黄金マスク

紀元前1300年頃に制作されたツタンカーメンの黄金のマスク。 重さは11キロ、本体のゴールドの純度は23Kと非常に高いものが使用されています。 頭部には神の使いとされたコブラを、胸元にはカーネリアンとラピスラズリがあしらわれています。 古代エジプトではゴールドはファラオしか持つ事が許されぬほど貴重なものでしたが、ツタンカーメンの墓からは2000点以上の黄金や宝石をふんだんに利用した装飾品が発見されました。 ツタンカーメンのマスクは歴史的価値も含めると時価300兆円とも言われています。

黄金の国ジパングと何故呼ばれたのか?

江戸時代の日本は世界有数のゴールドが生産地であった事、さらに精錬の技術に長けていた事から海外では日本に「ゴールド」のイメージがついたようです。 ところがこの当時の日本人はまだゴールドの価値を知らず海外にかなり流出させてしまいました。 さらに東方見聞録の著者であるマルコ・ポーロが「ジパングは、カタイ(中国北部)の東の海上1500マイルに浮かぶ独立した島国で莫大なゴールドを産出し宮殿や民家は黄金でできているなど財宝に溢れている」と記述した事からより一層そのイメージが強まったようです。 確かに当時の日本には金箔で表面を塗装する技術がありましたし、中尊寺金色堂などは正に黄金の国を思わせますよね。 しかし、人肉を食する等ともありヨーロッパでは東方見聞録は眉唾もの、そこまで真剣に受け取って貰えなかったのが実際のようです。

徳川家康の埋蔵金は本当にあるのか?

バブル時代にテレビ番組などで徳川埋蔵金の発掘企画がありましたが、そもそも徳川家康の埋蔵金は存在するのでしょうか?答えは残念ながら「ほぼ無い」なのです。 徳川幕府時代の日本は農業が経済の柱でしたし、世界最高基準の蒸気船を幾つも所有していた為、埋蔵金を残せるほど財政は潤っていなかったのが実情です。 「徳川埋蔵金」の伝説が出たのは倒幕後に少しのゴールドしか出ず「本当にこれだけなのか?」と人々が驚いたこと、明治の父と呼ばれた小栗忠順が勘定奉行時代に徳川家に莫大なゴールドを隠したと噂があった事からです。 どれも人々の推測だけで根拠は全く無いのです。 幕末のロマンを感じさせ現代人を今なお魅了し続けている伝説の一つです。

豊臣秀吉の埋蔵金は掘り起こされている!

その額200兆円とも言われる豊臣秀吉の埋蔵金。 こちらは江戸幕府の命令で発掘済みです。 埋蔵金を発掘した際の全ての記録が無いことから「まだどこかに残っているのではないか?」と噂されています。 さて、埋蔵金が見つかった際は一体誰が持ち主になるのか気になるところですよね。 道に落ちている財布と一緒で警察に届け出る必要で、法律によってその土地の所有者と発見者で折半することになります。

権力と富の象徴である金・ゴールドは、戦争の火種になった事もあります。 欲望があるところにゴールドありですね。 現在もその価値は変わる事はなくむしろ高騰しておりゴールドへの投資が盛んになっています。 残りはオリンピックプール1杯分と言われています。 地球が生んだ限りある資源ゴールド。 これからも大切にしていきたいですね。